テープ起こしの仕上げ方(起こし方)について - 「ケバ取り」「素起こし」「整文」 - テープ起こしとデータ入力の京都データサービス

テープ起こしの仕上げ方(起こし方)について


京都データサービスの音声テキスト化(テープ起こし)サービスでは、用途に応じて3種類の仕上げ方をお選びいただけます。
一般的な用途ではケバ取り仕上げ(標準)をおすすめしています。
ケバ取りと素起こしの具体的な違いはこちらのサンプルでご確認ください。

仕上げ方 内容 主な用途
ケバ取り
(標準)
●一般的な多くの用途に向いています。
不要な語句をケバとして取り除きます。
ケバの例)
「あのー」「えー」等
言いよどみ・言い間違い
意味の無い相槌
無意味な口癖
※取り除くだけで、修正や加筆は行いません。
インタビュー
対談
講義
講演
シンポジウム
記事原稿
その他一般
素起こし
(2割増料金)
●厳密性の求められる用途に向いています。
「ケバ」も含めて一言一句全て書き起こします。
※丸起こし、べた起こし、完全逐語訳とも呼ばれます
証拠書類
会話分析
整文
(2割増料金)
●様式の決まっている用途に向いています。
ご要望に応じて原稿を簡易編集します。
例)
・「です・ます調」に整える
・書式や様式の指定
・MS Wordでの校正ツール処理
・表記を表記辞書に合わせる
※作業内容により追加料金となることがあります
会議録

「ケバ取り」と「素起こし」の違い




Video streaming by Ustream

下の文章は、上記動画「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」をケバ取り仕上げ、素起こし仕上げでそれぞれ書き起こししたものです。

男性A
まもなく委員会を始めますが、えーっと、一つだけご注意をお願いしたいと思います。えーっと、傍聴の方はですね、あの、毎回で恐縮ですが、えー、ご発言はできませんので、あのー、ご静粛にお聞きいただきますようにお願いいたします。えーっと、それでは委員長、よろしくお願いします。
黒川
はい。えー、それでは、えー、東京電力、えー、福島原子力発電所事故調査委員会、通称、国会事故調でございますが、第十三回、委員会を開会いたします。えーっと、ご案内のように今日はですね、あのー、参考人に対する質疑、いー、開始、いー、さっそく開始させていただこうと思っております。えー、今日の参考人は、えー、経産、経済産業省の事務次官でございますね、松永和夫さんに来ていただきました、ありがとうございます。えーっと、パワーポイントが出ますかね。ん?出る?よく見えないね。え、ここにありますように、あー、松永、あー、さんは、えー、当時の通産省に入省以来、えー、キャリアを積んでまいりまして、まいられまして、2001年には経済産業省資源エネルギー庁、えー、資源燃料部長。えー、さらに2004年からは、原子力安全保安、安全保安委員長を務められました。えー、さらにその後、大臣官房総括審議官、えー、大臣官房長、えー、経済産業政務局長となられ、えー、2010年の7月以降、えー、2011年3月11にの発災当時以降含め、含めて、えー、2011年の8月まで、経済産業事務次官をお勤めになられました。ほんとにご苦労さまでした。えー、発災とう、えー、この、事件といいますか、福島の、えー、事故の当時、原子力安全を所轄する原子力安全保安院、えー、ならびに、原子力エネルギー推進を所管する、資源エネルギー庁、双方を所管していた経済産業省の事務次官で、えー、いらっしゃったわけでございます。ほんとにご苦労さまでございました。えー、さっそくそれではあのー、今日、えー、質問に入りたいと思いますが何か、えー、すいません、よろしいでしょうか(笑)。
松永
え、ご紹介いただきました、松永でございます。
黒川
***ます。
松永
えー、昨年、8月まで、今ご紹介いただきましたように、えー、経済産業省で、えー、事務次官を、おー、務めて、お、おりました。えー、昨年の、お、福島第一原子力発電所の、おー、大変大きな、重大な、あー、事故が発生いたしまして、えー、大変、えー、多くの方が、あー、被災をされ、えー、避難を余儀なくされ、またこんにちでも、大変大勢の方が、大変苦しい、いー、環境の中で、暮らしを続けておられるということに対しまして、えー、今、委員長からご紹介されましたとおり、当時、いー、ま、原子力、経済産業省の、おー、事務方のトップとしてですねえー、大変申し訳ない、い、気持ちで、えー、いっぱいでございます。えー、本日は、えー、しっかりと、えー、お話をさせていただきたいと思いますので、えー、どうぞ、よろしくお願いいたします。
黒川
はい。ありがとうございます。えー、それではあのー、少し、この原子炉の、えー、ちょっとした背景でございますが、委員の田中三彦さんからちょっと2、3のご質問をお願いいたします。
田中
あ、あの、委員の田中と申します。よろしくお願いします。えっとですね、あの、おー、えー、3.主に3.11以前のですね、あの福島第一原発の、あのー、体力といいますか、基礎体力といいますか、そういうどういう原発だったかということを、関係する話を、ちょっと伺いたいというふうに思います。で、あのー、えーっと、松永参考人は、あのー、2006年の9月、うー、安全委員会が決定しました、耐震設計審査指針、いわゆる改訂のほうですけれども、え、それの、お、ま、新指針と、い、俗に言われてますけども、その新指針の作成作業というものに、当時の保安院の委員長として、え、あのー、かかわられたと。そういう認識でよろしいでしょうか。
黒川?
結構です。
松永
はい。お答えいたします。あのー、お、当時、い、原子力安全委員会のほうで、今、ご指摘の、おー、耐震指針の改訂作業、
田中
うん。
松永
していたということは、えー、承知をしておりました。えー、当時、いー、保安院のほうからもですねえー、呼ばれればというかたちだったと思いますけれども、ま、オブザーバーというかたちで、あの、おー、関係者が参画をしていたのではないかと、記憶をしております。
田中
えーっとー、おー、え、そこであのおー、津波、いー、というものの認識ですけれども、旧指針には、その津波に関する項目がありますか。
松永
えっとー、おー、今、私(わたくし)、あの、承知をしておりました。はい。申し訳***。
田中
それは記載がないと思います。で、あの、えー、新指針のほうの一つの特徴んなっていると思います。これがあの、新指針の、新耐性、設計、新指針における津波の、関する、うー、ところで、えー、え、その新指針の最後の最後の8番ってとこ、地震随伴現象、あ、事象に対する考慮ということでですね、ほで、え、こういう、うー、文言があります。で、そのカッコ2の中に、施設の併用期間中に極めてまれではあるが、発生する可能性があると想定することが、あ、適切な津波によっても、おー、施設の安全機能が重大な影響を、お、およぼ、おお、お、恐れがないと、いうことを、お、考慮してかなきゃいけないわけです。で、これあの、ここの文、これはあの、スライドを作る関係で4行ございますけれども、あのー、ま、行数はどうでもいいっていったらどうでもいいですが、新耐震設計新指針の原文ではこれが、2行と二文字、三文字ぐらいということで、えー、まあ3行ということですけれども、ほとんど2行にまとめられていると。そのぐらい小さい、え、扱いんなっておりますけども、これに関して何か、う、あー、の、ご意見ございますでしょうか。
松永
あの、当時、私が、保安院次長として、それから、委員長としてですね、在籍をしておりました、あの、3年間、ま、今、振り返りまして、えー、ま、この、お、安全委員会での、お、耐震指針の改訂作業の中でですねえー、津波の問題について、えー、いろいろその、議論されたと、ま、そういうふうになってるということの、えー、報告を受けた記憶は、あの、残念ながら、あー、ございません。
田中
報告は受けていないということですか?
松永
あのー、私はそういう記憶はございません。
田中
ああ、そうですか。
松永
はい。
田中
あのー、このときはあの、世界的にはですね、その2年前に、2004年に、あのー、バンダ・アチェの地震で、あの、スマトラ沖のですね、あの大地震が起きてて、それで、えー、じゅうめ、平均10メートルぐらいの津波が何回かこう、押し寄せてると、いうのが2年前ぐらいにありますけどもね。
松永?
はい。
田中
そういうことに関する議論というのは、どういうふうだったか、その辺もご存知ありませんか?
松永
あのー、お、2004年の12月に、い、スマトラ沖で、えー、大地震、いー、大変大きな津波があったというのはもちろん、え、記憶をしておりますけれども、えー、その話と、その、安全委員会の、おー、この、おー、検討作業との間、ま、関係といいますか、そこのところは、あのー、残念ながら当時、あのー、明確に、あの、頭の中では、あ、理解はされておりませんでした。
田中
はい。あのー、ま、その、安全しし、あ、安全さ、あの、原子力安全委員会の話だと知ってもですねえー、当然保安院のほうでは、強い関心を持っていく、いる問題でございますね。で、その問題に関して、えー、え、そのー、保安院の中で、この問題で、これで十分なのかどうかっていう議論っていうのはしていないんですか?
松永
あの、えー、保安院の中でですね、
田中
ええ。
松永
あのー、されていた可能性はあると思います。ただ、私は、あのー、そういう議論が、あー、あったというふうには、えー、報告を受けておりませんでした。
田中
議論が、議論があったというのは院内での議論があったかどうかということですか。
松永
はい。はい。はい。
田中
は、報告受けてないと。
松永
はい。と思います。はい。
田中
なるほど。
松永
で、いわゆるちょっと補足をさせていただきますと、おー、当時の、ま、今から振り返りますと、えー、ま、えー、委員長なりましたのが2004年の夏でございますが、
田中
うん。
松永
えー、2004年の、おー、8月に、いー、関西電力の、お、美浜3号機で、えー、大変大きな事故がございまして、
田中
う、うん。
松永
えー、5名の方が、あー、亡くなられました。で、えー、当時、あの、私の、おー、委員長としての、お、仕事のかなりのウエイトは、えー、この美浜3号機の事故への対応ということでございまして、えー、多分その辺の対応は翌年の、
傍聴人?
(咳)
松永
えー、春過ぎ、い、までですねあの、おー、かなりの部分、続いていたと、いうのが、えー、私の記憶でございます。
田中
はい。わかりました。で、あの、じゃあ、まあ、そういうことは、あー、2回(?)というか、わかりました。で、あのー、今度はですね、